学校教育用の新しいApple ID

米国時間2016年1月11日にAppleがiOS 9.3 betaに関する情報を公開しました。

その中には「Education Preview」と銘打たれて,新たに搭載・提供される教育機関向けの機能に関する情報も独立したWebページで情報公開されていました。

「最も優れた教室の体験が、さらに進化しようとしています。」という前振りがあって,「Shared iPad(共有iPad)」「クラスルームアプリケーション」「Apple School Manager」「Managed Apple ID(管理対象 Apple ID)」という4つの大きな機能紹介がされています。(公式日本語ページも公開されています)

今回の大きな特徴は「管理対象 Apple ID」というアカウントの新しい種類が用意され,そのためのシステム「Apple School マネージャ」が提供されることです。

iPad等のAppleデバイスは学校で利用されることも少なくありませんが,Apple ID(アカウント)をどう扱うかはいつも問題でした。基本的にAppleデバイスは組織利用に向かないと考えられていたのも,デバイスがApple IDに紐付けられていて,そのApple IDは基本的に個人が取得するものと考えられていたからです。

文房具が個々人のものであるという考え方からすれば,個人のアカウントにデバイスを紐付けて学習利用する方法は自然なものです。高等学校で一人一台水準の端末利用をしている事例などは,この考え方を徹底することで生徒個人が端末を購入して学習活動に利用することを推進しています。

しかし,公立の小中学校では,学校側(自治体の教育委員会)が端末整備を行なう発想が根強くあるため,学校の教具としての端末という性格が自ずと強くなります。市町村教育委員会によっては一人に一台の端末を貸与する手厚い整備を行なえるところもありますが,ほとんどの場合はパソコン教室の端末を置き換える規模の台数しか導入できず,理科の実験道具や音楽の楽器のごとく共用することになります。

実験道具や楽器なら問題にならないが,情報端末だと問題になるのが,個人アカウントへの紐付けという問題です。

別の言い方をすれば「ログイン」「ログアウト」するあれのことですが,パソコンの場合,アカウントを切り替えるという方法で複数の利用者が端末を共有できたことが,従来のiPadの場合,アカウントを切り替えるという考え方がなく,機器が一人の個人アカウントに強く紐付けられていたことが問題を難しくしていたのでした。

というわけで,iOS9.3では新しく「共有iPad」という機能が用意され,複数の利用者がアカウントを切り替えることでiPadを共用できるようになると発表されたわけです。

iPadが共有しやすくなるのは朗報としても,まだ心配事は残っています。

個人アカウントそのものの扱いをどうするのか。端末整備の云々以上に,こちらの問題の方が重要です。

アカウント(account)とは,言ってみれば「会員資格」のようなもので,登録することによって端末やサービスを利用する資格や権利を確保している状態のことです。たとえば電子メールサービスを使うよう登録して資格を得ているなら「メールアカウント」を持っているということになり,その分かりやすい目印が「メールアドレス」ということになります。

私たちは様々なサービスに登録してアカウントを持っていますし,個々人には登録番号のような識別記号(ID等)が割り振られ,資格や権利を保護するためにパスワードを用いていることも周知の事実です。「ログイン」するという言葉は,そのサービスを利用するため自分のIDとパスワードを入れて利用資格を証明することです。

メールサービスから想像していただければ分かるように,私たちは個人の情報を情報機器やネットワーク上に預けています。シビアな個人情報のことはさて置いても,普段の学習活動でやりとりしている書き込みやワークシート等の成果物もアカウントがあって保管しているのです。

そこで問題は「誰のアカウント」を利用するのかということです。

パソコン教室の端末から校内ファイルサーバにファイルを保存するといった作業のときでさえ,そこにアカウントとログインが介在していました。手間がかからないように自動ログインになっていたかも知れませんし,場合によっては学年と組と番号を入力してログインしていたのかも知れません。そのときのアカウントは,さて「誰のアカウント」だったのでしょうか。

ざっと考えてみても,「共用アカウント」を用意して個人ではなく端末にあらかじめ割り振っていたものを使ったり,「識別アカウント」として学年と組と番号を組み合わせたものを使ったり,「個人アカウント」として一意的な通し番号やアドレスを用意するといったものがあり得ます。

そもそもApple IDは「個人アカウント」を想定しており,それも非常にパーソナルな利用を前提としています。仕事や学業に使えなくもないが,それだとプライベートとごちゃまぜになります。あくまでも私用個人アカウント前提です。一方,従来の学校で利用していたものや想定していたのは「共用アカウント」か「識別アカウント」がほとんどです。私学や大学になると,学校や大学側が特別に発行した「学業用個人アカウント」が用意されることもありますが,そのためには「学業用個人アカウント」を発行して管理するだけの仕組みを導入する必要があります。

iPad等のAppleデバイスが,きわめてパーソナルな利用を想定したApple ID(私用個人アカウント)に紐付くように設計されているということを思い出していただくと,基本が「共用アカウント」「識別アカウント」という学校にとって,Appleデバイスを学校の備品として扱うのは結構難しいということがお分かりいただけると思います。

ここまでくれば私用Apple IDに対して,学業用Apple IDというものがあれば良いのではないかと考えるのは自然で,Apple IDは無料で登録できてしまうのだから従来の方法で別途学業用を作っている例もあります。2つのアカウントを使い分けるのは,私たちが私用メールアドレスと仕事用メールアドレスを使い分ける場合と同じです。

ただ,Apple IDは一般消費者を対象としたアカウントでもあるため,登録自体が年齢や責任能力という壁に阻まれていましたし,仮に生徒たちが個々に取得したApple IDがあっても,いざ授業で使う際にはバラバラなアカウントを束ねる方法を常に考えなければならない手間もあります。アカウントに問題が発生しても,学校の管理下にないため何もできないということもあり得ます。

さきほど,私学や大学のいくつかは独自に「学業用個人アカウント」を発行していると書きました。ならばそれをApple IDでもできるようにすればよいのではないか。

そのためにはアカウントを発行して管理する仕組みを導入する必要があるとも書きましたが,今回 iOS9.3と共に提供される「Apple School マネージャ」がまさにその仕組みとなり,学業用個人アカウントが「管理対象 Apple ID」ということになります(日本語の名称がこうなるかはまだ分かりません)。

まずは教育委員会や学校単位でApple School マネージャの利用を申請します。申請が認められれば基本情報がシステムに登録されるので,申請者は学区や学校単位で管理者を設定できます。各学校の管理者が画面を操作して生徒用や先生用の管理対象 Apple IDを自由に発行・管理できるようになるというわけです。

管理対象Apple IDを「共用アカウント」として使うか,「識別アカウント」として利用するか,「学業用個人アカウント」として扱うかは,教育委員会や学校の管理者となった人が自由に設定できますから,方針次第ということになります。

いままで一つの私用Apple IDでしか扱えなかったiPadに,学業用Apple IDの発行・管理の仕組みとアカウント切り替えができる共有iPadの仕組みがもたらされることによって,いくつかの学校にとってiPadがより現実的な選択肢になることが今回の大きな注目点です。

もっともiPadというデバイスから眺めれば管理対象Apple IDの登場はニュースですが,こうした学業用アカウントはすでにいくつか存在しています。

Google社のGoogle for Educationや,Microsoft社のOffice 365 Educationなどのサービスは,学業用アカウントの仕組みを提供して,様々なサービスが利用できるようになっています。

予定されているiOS 9.3の教育向け新機能とサービスで,アップル社もようやくそこに並べそうだということです。

今後の学校では,こうした学業用アカウントを利用するということが当たり前になっていきます。場合によっては,複数の会社のアカウントを併用することも常態化していくでしょう。

各社のサービスについて知っておくことは,ますます重要になってくると思います。


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